芝大神宮

Shiba Daijingu芝大神宮は、東京都港区の、都営大江戸線・浅草線の大門駅より北西へ徒歩2分の地に鎮座する神明社(伊勢神宮の分社)。JR山手線の浜松町駅から増上寺に向かう途中に鎮座する。戦前の社格は東京府(東京都)の府社にまで登った。また、明治初期に一時的に准勅祭社の制が定められた際には、その12社の1つとなった(うち都区部にある10社は現在、東京十社を名乗っている)。なお、明治に近代社格制度が始まった当初、東京府内にあった旧准勅祭社10社のうち、最初から府社に列したのは当社と神田明神と赤坂日枝神社だけで、他は郷社であった(准勅祭社の1つ大国魂神社が鎮座する府中市は当時は神奈川県)。
平安時代の寛弘2年(1005年)、伊勢神宮を勧請して創建。当初は今より南西の地に鎮座していたが、安土桃山時代の慶長3年(1598年)に増上寺が紀尾井町から現在の位置に移って来た際、芝大神宮も今の社地に遷座した。遷座の経緯については後述
江戸時代は伊勢信仰が非常に高まった時期であり、当社は江戸の代表的な神明社であったため、人々の信仰を集めた。

社頭
芝大神宮
社殿
芝大神宮
御羽車と獅子頭
芝大神宮

御羽車は神霊を担いで運ぶ輿の一種。当社には外宮祭神の豊受大神と内宮祭神の天照大神のための2基がある。

本社神輿
芝大神宮

本社神輿は平成10年製作で、例大祭において不定期で渡御する。

宮元大門神輿会の神輿
芝大神宮

宮元大門神輿会の大神輿は昭和52年製作。八棟造りであるが、少し屋根の高さが低く、葺き方も珍しい。神輿に附属する鳥居も、明神鳥居ながら額束の無い変則的なもの。本職の神輿師が作ったものではなく地元の大工の製作。

宮元町会婦人神輿
芝大神宮

宮元町会の八棟造りの婦人神輿は昭和29年製作。

初詣

下は芝大神宮の元旦の朝3時頃の様子。近くの増上寺ではこの時間帯でも大勢の初詣客で賑わうのに対し、芝大神宮ではそれほどは多くない。

初詣
芝大神宮 初詣

だらだら祭り

9月中旬に行われる芝大神宮の例大祭「だらだら祭り」では、町神輿十数基の連合渡御が隔年で催されるほか、不定期で本社神輿が渡御する。この行事に関する詳細は「芝大神宮 だらだら祭り」の記事を参照。

町神輿の連合渡御
芝大神宮
本社神輿の渡御
芝大神宮 例大祭

芝大神宮の旧鎮座地

前述のように、当社は寛弘2年(1005年)に現社地より南西の地に伊勢神宮を勧請して創建され、慶長3年(1598年)に現在地に遷座した。ここで今より南西、と曖昧に書いているのは、旧鎮座地について幾つか説があるからである。『芝區誌』と『芝大神宮誌』の記述を総合すると、芝大神宮の旧鎮座地は、(1)飯倉山(芝東照宮背後の芝丸山古墳)、(2)三田小山(三田の元神明宮の地)、(3)三田小山から飯倉山に移った、(4)下渋谷の伊勢原(渋谷区南部)、の4説があり、最初の2説が最も一般的な説である。下記の元神明宮の項も参照。

芝大神宮 芝大神宮HP
東京都港区芝大門1-12-7 地図
アクセス:都営大江戸線・浅草線 大門駅より徒歩2分

元神明宮(天祖神社)

東京都港区の三田に鎮座する元神明宮(天祖神社)は寛弘2年(1005年)に創建されたと伝える(これは芝大神宮と同じ年である)。当社のウェブサイトによると、江戸に入った徳川家の命で神宝および御神体が芝大神宮に移されることになったが、氏子・崇敬者が御神体だけは隠し留めたため、以来、元神明宮と称されたという。また『芝區誌』によると、当社の社地は芝大神宮の旧鎮座地で、慶長3年(1598年)にここから遷座する(つまり現在の芝大神宮)ことになったが、地元民がこれを好まず分霊を当地に勧請したという。これらの伝承によると、当社は芝大神宮の元宮だという事になる。ただし、上の芝大神宮の項で述べたように、芝大神宮の旧鎮座地に関しては幾つかの説がある。
社殿は近代的に見えるが、これは覆屋で、その中には木造の伝統的な社殿が収まっている。

社頭
元神明宮

参道の奥に、近代的な覆屋がある。

覆屋内の社殿
元神明宮

近代的な鉄筋コンクリート製の覆屋に収まる、伝統的な形状の木造社殿。

元神明宮(天祖神社) 元神明宮HP
東京都港区三田1-4-74 地図