寛永寺

Kaneiji台東区上野にある寛永寺は、比叡山延暦寺に倣って江戸城の鬼門の方角に寛永2年(1625年)に創建された、天台宗の名刹。
江戸時代においては、増上寺、日光山満願寺(現在の日光山輪王寺)と共に徳川将軍家の絢爛豪華な霊廟が置かれ、寛永寺トップの「輪王寺宮」は京都から迎えた法親王が代々着任し、宮門跡(みやもんぜき)寺院として天台宗を支配した。輪王寺宮は日光山満願寺のトップも兼ね、また多くは比叡山延暦寺のトップをも兼ねた。なお、江戸時代は寛永寺という個別の寺院があったのではなく、寛永寺とは根本中堂と子院の総称であった(いわゆる一山寺院)。
寛永寺は明治以降にも門跡号の公称が許された。なお、『天台宗東京教区寺院誌』は寛永寺と輪王寺は別として「輪王寺は都内唯一の門跡寺院」とある(ただし昭和8年の『日本社寺大観 寺院篇』では、「輪王寺は寛永寺本坊で、東叡山では寛永寺と輪王寺が輪王寺門跡」となっている)。
現在は、天台宗山門派(宗教法人名は「天台宗」)の三大本山の一つ(他の2寺は平泉中尊寺、長野善光寺大勧進)であり、その上に総本山の比叡山延暦寺が位置する形となっている。また明治以降に門跡号の公称が許された寺院の一つでもある。

増上寺
スポットガイド
増上寺 | 東京都港区
将軍家の菩提寺で、浄土宗の七大本山の一つ

中心伽藍

寛永寺は、明治維新までは今の上野公園全域を境内とする巨刹であった(今の噴水の辺りに本堂に当たる根本中堂が、東京国立博物館の辺りに輪王寺宮の住居である本坊があった)が、上野戦争で焼失した後は旧境内は官営の上野公園となり、寛永寺は、子院があった現在地に移転した。

山門
寛永寺
根本中堂
寛永寺

根本中堂は本堂に相当する堂。江戸時代のものは上野戦争で焼失。現在のものは喜多院(埼玉県川越市)の本地堂を明治12年に移築したもので1638年築。

寺務所
寛永寺

寺務所の奥には15代将軍徳川慶喜が謹慎した「葵の間」(拝観事前申込制)や、国登録有形文化財の渋沢家霊堂(明治31年建造、非公開)もある。

寛永寺幼稚園
寛永寺

境内にある寛永寺幼稚園は大正12年頃築の近代建築。改装されたため一見古く見えないが、中央玄関は改装されずに残っている。

境内の鐘楼での除夜の鐘
寛永寺 除夜の鐘
上野公園内の時鐘堂での除夜の鐘
寛永寺 除夜の鐘

寛永寺の除夜の鐘は、境内にある鐘楼と、旧境内である上野公園内に残る時鐘堂の両方で行われる。

徳川家霊廟

寛永寺には、徳川将軍の霊廟建築は2セットあった。寛永寺に埋葬されたのは4代家綱、5代綱吉、8代吉宗、10代家治、11代家斉、13代家定の6名だが、8代吉宗が新規の霊廟の建造を禁じて以降は、厳有院(4代家綱)と常憲院(5代綱吉)の霊廟に合祀する形となったので2セットである。その2霊廟も、太平洋戦争の空襲で大部分焼失した。
なお、寛永寺にある、将軍以外の徳川家の墓所及び最後の将軍徳川慶喜の墓は谷中霊園内の寛永寺墓地にある。

常憲院霊廟 勅額門
常憲院霊廟

常憲院霊廟は水盤舎(1709年、非公開)と勅額門(1709年)が残り、国指定重要文化財となっている。
常憲院霊廟の奥院(非公開)は寛永寺ではなく徳川家の所有で、銅宝塔と唐門は国指定重要文化財であり、それに浚明院と文恭院の石宝塔が附指定されている。
なお、葵の間や徳川家霊廟は事前申込制で非公開部分も拝観可能(寛永寺のHP参照)。

厳有院霊廟 勅額門
厳有院霊廟

厳有院霊廟も水盤舎(1699年、非公開)と勅額門(1679年)が残り、国指定重要文化財となっている。
厳有院霊廟の奥院(非公開)もまた寛永寺ではなく徳川家の所有で、銅宝塔と唐門は国指定重要文化財であり、それに有徳院、孝恭院、温恭院、天璋院の石宝塔が附指定されている。

両大師(寛永寺開山堂)

両大師(寛永寺開山堂、輪王寺)に隣接する輪王殿前にある旧寛永寺本坊表門は国指定重要文化財。
江戸時代、輪王寺とは寛永寺に居し東叡山・日光山・比叡山を支配した法親王個人(輪王寺宮)の号であり、寺名ではなかったが、明治の門跡号再興の際、東叡山と日光山の双方に輪王寺という名の寺院が生まれた。現在、東叡山の輪王寺とは両大師(寛永寺開山堂)のことである。

表門
両大師

表門は江戸中期築。

本堂
両大師

本堂は平成5年再建。

阿弥陀堂
両大師
両大師

阿弥陀堂は18世紀中頃の土蔵造の堂。

旧幸田露伴邸門
旧幸田露伴邸門

本堂と輪王殿の間に、旧幸田露伴邸門が移築されている。旧幸田露伴邸門の脇にある手水屋は江戸後期、鐘楼は江戸初期の築。本堂前の手水舎も江戸時代のもの。

旧寛永寺本坊表門
旧寛永寺本坊表門

旧寛永寺本坊表門は寛永年間(1624-1645年)の築で国指定重要文化財

上野公園に残る寛永寺の諸堂

かっての境内である上野公園には、寛永寺の諸堂が一部残る。
上野公園内にあり、江戸時代には寛永寺の子院が別当を勤めが現在は完全に独立している神社については、上野東照宮の記事花園稲荷の記事を参照。

上野公園
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上野恩賜公園 | 東京都台東区
寛永寺境内を転じた桜の名所
上野東照宮
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上野東照宮 | 東京都台東区
上野公園に残る金色の社殿
五条天神社・花園稲荷神社
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五条天神社 & 花園稲荷神社 | 東京都台東区
上野公園に鎮座する神社

清水観音堂

清水観音堂は、京都東山の清水寺を模した堂で、不忍池弁財天と相対している。

清水観音堂
清水観音堂

清水観音堂は国指定重要文化財で、厨子がそれに附指定されている。1631年建造。
京都東山の清水寺を模した堂で、懸造となっている。

庫裏
清水観音堂

清水観音堂の庫裏は昭和7年建造。設計は伊東忠太。

木造灯籠
清水観音堂
初詣
清水観音堂

上の写真は元旦の清水観音堂の様子。観音堂の扉は新年となるとともに開かれる。夜間ライトアップは常にされているので、正月だからといって特に普段と大きく変わった所はなかった。

うえの桜まつり
清水観音堂

不忍池弁天堂

不忍池弁天堂は、琵琶湖の竹生島を模して不忍池に造営された。島内には他に大黒堂などもある。

参道
不忍池弁天堂

参道には、昭和5年に改修された反り石橋が架かる。江戸時代は鳥居もあったが、維新時に神仏分離で撤去された。

不忍池弁天堂
不忍池弁天堂

弁天堂は第二次世界大戦の空襲で焼失し、戦後に鉄筋コンクリートで再建。現在は八角円堂に拝殿を連結した複合仏殿だが、戦前は一般的な神社社殿であった。なお、手水舎は戦前のもの。

宇賀神像
不忍池弁天堂

弁天堂前に安置された人面蛇身の宇賀神の像。宇賀神はしばしば弁財天とセットで祀られ、同一視されることも多い。

聖天島
不忍池 聖天島

裏手には聖天島という小さな島があり、これはかっては池上の孤島であった。弁天社は当初はこの聖天島に鎮座していたが、寛永年間(1624~1645年)に弁天島(中島)が造られ、そこに遷座した。
聖天島へ架かる太鼓石橋は1803年建造。
聖天島には通常は入れないが、各月の巳の日(初巳、二ノ巳、三ノ巳の日)に扉が開かれ、島に渡ることができる。

奥ノ院
不忍池弁天堂

弁天堂の裏にある小祠は奥ノ院。

初詣
不忍池弁天堂 初詣
不忍池弁天堂 初詣

相対する清水堂と同様、弁天堂も夜間ライトアップは正月だけでなく日常的に行われている。新年を迎えると、木遣りと共に弁天堂の扉が開かれる。なお、弁天堂は江戸で最も古い七福神巡りとされる谷中七福神の弁才天でもあり、1月10日まではその巡拝客も集める。

うえの桜まつり
うえの桜まつり

3月下旬から4月初旬にかけての「うえの桜まつり」においては、弁天堂の参道には露天商が出店し、多くの客を集める。このイベントについての詳細はうえの桜まつりの記事を参照。

うえの桜まつり
イベントガイド
うえの桜まつり | 東京都台東区
江戸時代から桜の名所として名高い上野公園で開催
初巳祭
不忍池弁天堂 初詣

弁才天の縁日として、毎月の初巳の日には初巳祭が開かれ、露店も出る。特に9月の巳の日に行われる巳成金大祭では本尊が開帳され、縁起物として金運が上がるという巳成金小判が授与される。

灯籠流し
灯籠流し

7月には、盆の行事として灯籠流しが不忍池弁天堂にて執り行われる。これはうえの夏まつりの構成行事の一つでもある。このイベントについての詳細はうえの夏まつりの記事を参照。

うえの夏まつりパレード
イベントガイド
うえの夏まつり | 東京都台東区
ハイライトは7月中旬のパレード。他に灯篭流しなど
夏の不忍池
不忍池
冬の不忍池
不忍池

旧寛永寺五重塔

旧寛永寺五重塔は国指定重要文化財。江戸初期の1639年建造で、現在は東京都が所有。上野動物園内にあるが、上野東照宮の参道からも見ることができる。上野東照宮境内にある解説によると、この五重塔は江戸時代は東照宮の所有であったが、明治の神仏分離令による取り壊しを免れるため当時の宮司が寛永寺のものと政府に申請した、という。

恩賜上野動物園
スポットガイド
恩賜上野動物園 | 東京都台東区
五重塔も立つ動物園
稲付香取神社
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稲付香取神社 | 東京都北区
本殿は上野東照宮の旧本殿
旧寛永寺五重塔
旧寛永寺五重塔

上野大仏

上野大仏は関東大震災で倒壊し、再建されぬまま胴体は戦時中に供出。現在は顔面だけが残る。隣にはインド風のパゴダがある。

上野大仏
上野大仏

時鐘堂

時鐘堂は上野大仏に隣接。若干変わった形状をしている。寛永寺の鐘楼は上野戦争で焼失したが、この時鐘堂の方は焼失を免れた。

時鐘堂
時鐘堂
寛永寺 寛永寺HP
東京都台東区上野桜木1-14-11
アクセス:JR山手線 鶯谷駅より徒歩10分

なお、寛永寺周辺の子院については、寛永寺の子院の記事を参照。

寛永寺の子院
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寛永寺周辺の子院 | 東京都台東区

上野の外に移築された寛永寺の建物

円通寺

荒川区南千住の円通寺(曹洞宗)には、彰義隊を弔った縁で明治40年に移築された旧寛永寺黒門が現存する。

円通寺
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円通寺 | 東京都荒川区
寛永寺の黒門を移築
円通寺 旧寛永寺黒門
旧寛永寺黒門
円通寺
東京都荒川区南千住1-59-11 地図

正法院

豊島区西巣鴨の正法院(天台宗)の阿弥陀堂は、元禄年間(1688~1704年)に建造された輪王寺宮書院を明治6年に移築したものである。本堂の背後にあり正面からは見えないが、隣の小学校跡から覗える。なお、正法院は明治維新までは台東区の下谷にあり、現・下谷神社の別当寺であった。

正法院
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正法院 | 東京都豊島区
旧輪王寺宮書院が移築された寺
旧輪王寺宮書院
旧輪王寺宮書院
正法院
東京都豊島区西巣鴨4-8-1 地図

吉祥院

杉並区の高井戸の吉祥院(天台宗)の本堂は、『天台宗東京教区寺院誌』によると、東叡山の慈眼堂を移築したものだと資料にあるという。

吉祥院
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吉祥院 | 東京都杉並区
成田山を模した築山2基がある寺
吉祥院本堂
吉祥院
吉祥院
東京都杉並区高井戸西1-5-44 地図

これらのほか、桐生市の善竜寺に寛永寺の裏門が山門として移築され、市の文化財に指定されている。