四本木稲荷神社
四本木(よもとぎ)稲荷神社は、東京都北区の、都営三田線の西巣鴨駅より北へ徒歩9分の地に位置する神社。
戦前は、東京第一陸軍造兵廠瀧野川分工場の営内神社であった。
明治38年に当地が陸軍の雷汞場(後の旧東京第一陸軍造兵廠瀧野川分工場)となった際、以前から存在した無名の小祠を改修して十条の四本木(しほんぎ)稲荷神社を分霊し、当社もまた四本木稲荷神社と改称して営内神社とした(両社の沿革は後述)。
戦後は神道大教に所属し、祭神を神道大教院の主神および世基祇(よもとぎ)大神とするとともに、四本木の読みも「よもとぎ」と改めた。

境内の周辺には木柱が並ぶ。これらの木柱はかつては灯籠であったが、現在は上端の火袋は切り落とされている。




現在の社殿は、十条にあった四本木(しほんぎ)稲荷神社が昭和40年代に廃社となる際、その社殿を移築したもの。

摂社の社殿は、十条の四本木稲荷神社の社殿を移築して滝野川の四本木稲荷神社の新たな社殿とした際、滝野川の方の旧来の社殿を移築したもの。

清水稲荷は、江戸期は現・王子警察署辺りにあって三本杉稲荷などと称された。
大正10年、陸軍の工場の貯弾場となっていた地に営内神社として祠が再興され、清水稲荷と称した。貯弾場ノ稲荷とも呼ばれた。
社殿は昭和6年改築され、戦後の廃社に際し、当地に移された。

忠魂碑は大正6年建立。断裂した圧磨機圧輪を本体と台座に転用したもの。

十条の四本木稲荷神社と滝野川の四本木稲荷神社
十条の四本木稲荷神社
十条の四本木(しほんぎ)稲荷神社は、東京第一陸軍造兵廠(の十条工場)の旧営内神社。
下十条村七軒町(現・十条台の十条駐屯地正門付近)に、4本の樹木に囲まれて古くから鎮座した。
明治38年に陸軍の東京砲兵工廠の銃砲製造所が一帯に移転すると、その営内神社となった。
第一次大戦後、敷地の東北隅(現・北区中央公園いなりプレーパーク)に遷座。
この工場は幾度か改組され、終戦時は東京第一陸軍造兵廠であった。
終戦後は十条の四本木稲荷神社は軍を離れて存続したが、昭和40年代に廃社となり、社殿等は滝野川の四本木稲荷神社に移された。
滝野川の四本木稲荷神社
滝野川の四本木(よもとぎ)稲荷神社は、東京第一陸軍造兵廠の瀧野川分工場の旧営内神社。
明治38年に陸軍の雷汞場が滝野川に置かれると、当地にもともとあった無名の小祠が営内神社として改修され、十条の四本木稲荷神社を分霊して当社も四本木稲荷神社と改称した。
この工場は、終戦時は東京第一陸軍造兵廠の瀧野川分工場であった。
戦後は軍を離れ、昭和29年に神道大教に所属し、祭神を神道大教院の主神および世基祇(よもとぎ)大神とするとともに、四本木の読みも「よもとぎ」と改めた。

